私のねしょんべん物語①
黒いソファーの背もたれの上によじのぼり、しゃがみこんだ。
ふらふらと不安定なそこで、つま先だちになり
私はソファーにかからぬようと後方に尻をつきだした。
そして、パンツをおろすことなく放尿した。
尿は大量に床に広がりだした。
しかし、ソフアーにだけには、かけてはいけない。
それだけが、気がかりだった。
床一面の尿は電気コードがタコ足につながってる地点にも
到達した。
「大変。ショートしちゃうかも。
ここまで広がったおしっこは、もう私の手にはおえない。
お母さんを呼ばなくちゃ。」
「お母さん。大変なの。私の部屋に来て。」
母「・・・・・・・。イヤだなぁ・・・・。」
「なんで?だって電気のコードが大変なんだよ。
火事になっちゃうかもよ。はやくう。」
母「だって、D子の部屋は使用済みの
避妊具が転がってるじゃない。
親としてはさ。そういうの目にしたくはないんだよ。」
私はとっさにゴミ箱の中にある
小さな正方形のやぶれたビニール袋に目をやった。
しかし、その内包物はみあたらずホッした。と同時に
はて?どこに始末したのだろうと不安にもなった。
--------------------------------------
と、ここまでが昨夜私が見た夢の一部始終。
すべてフィクションである。
もちろん私は親元に住んでいたアンダー18の頃は
清い体で高校生活を送っていたので
上記のような(避妊具を部屋に持つような)事実はない。
こんな風におしっこをした夢を
子供のころ見たなら、その翌朝は確実に寝小便をしていた。
大人となった今はそんなことはない。
数日前のブログ(聖夜の主婦の火遊び)でも告白したが
私は小学校4年生のある日まで
寝小便をし続けた少女だった。
小学校4年生といったら、そろそろ胸だって膨らみ始めるころだ。
私もそんな兆候を感じ始めていた。
ランドセルのチャックの中には
母親が、もしもの時に恥をかかないようにと持たせてくれた
分厚い生理パットを潜めていた。
それなのに、寝小便は一日おきくらいに。
今のように冬の寒い季節には、ほぼ毎日垂れ続けるという
アンバランスさを併せ持っていた。
何故かと聞かれても本人はもちろんわからない。
起きたら、ぐっしょり濡れた布団とパジャマにうなだれるだけだった。
体が大きくなると尿の量も増えるので、
2枚に重ねて敷いた布団の
一番下を通り過ぎ、畳まで浸透することもあった。
ゲゲゲの鬼太郎の家みたいな我が家の
当時の物干し場に、濡れた布団を干しに上るのは
母にとって相当な重労働であったろうと思われる。
今なら育児や介護用品等、色々あるが、
当時おねしょパットなるものはなく
遠足に行った時尻に敷いてお弁当を食べるのに使う
レジャーシートのようなものを
シーツの下に敷いて毎晩寝るのが常だった。
なるべく布団を濡らさないようするためだ。
ゴワゴワとやかましい音をたてるそれは
うるさいというより、私に
「やい。お前はねしょんべんたれだ。」と言い聞かせているようで
そうとうな劣等感だった。
当時淡い恋心を抱いていた年上のいとこに
そのビニールを見られたときは、恥ずかしいというより
「もう私はお嫁にいけない・・・・。」くらいな絶望感を感じた。
長くなりそうなので明日に・・・ーつづくー
ねしょんべん会議
ふらふらと不安定なそこで、つま先だちになり
私はソファーにかからぬようと後方に尻をつきだした。
そして、パンツをおろすことなく放尿した。
尿は大量に床に広がりだした。
しかし、ソフアーにだけには、かけてはいけない。
それだけが、気がかりだった。
床一面の尿は電気コードがタコ足につながってる地点にも
到達した。
「大変。ショートしちゃうかも。
ここまで広がったおしっこは、もう私の手にはおえない。
お母さんを呼ばなくちゃ。」
「お母さん。大変なの。私の部屋に来て。」
母「・・・・・・・。イヤだなぁ・・・・。」
「なんで?だって電気のコードが大変なんだよ。
火事になっちゃうかもよ。はやくう。」
母「だって、D子の部屋は使用済みの
避妊具が転がってるじゃない。
親としてはさ。そういうの目にしたくはないんだよ。」
私はとっさにゴミ箱の中にある
小さな正方形のやぶれたビニール袋に目をやった。
しかし、その内包物はみあたらずホッした。と同時に
はて?どこに始末したのだろうと不安にもなった。
--------------------------------------
と、ここまでが昨夜私が見た夢の一部始終。
すべてフィクションである。
もちろん私は親元に住んでいたアンダー18の頃は
清い体で高校生活を送っていたので
上記のような(避妊具を部屋に持つような)事実はない。
こんな風におしっこをした夢を
子供のころ見たなら、その翌朝は確実に寝小便をしていた。
大人となった今はそんなことはない。
数日前のブログ(聖夜の主婦の火遊び)でも告白したが
私は小学校4年生のある日まで
寝小便をし続けた少女だった。
小学校4年生といったら、そろそろ胸だって膨らみ始めるころだ。
私もそんな兆候を感じ始めていた。
ランドセルのチャックの中には
母親が、もしもの時に恥をかかないようにと持たせてくれた
分厚い生理パットを潜めていた。
それなのに、寝小便は一日おきくらいに。
今のように冬の寒い季節には、ほぼ毎日垂れ続けるという
アンバランスさを併せ持っていた。
何故かと聞かれても本人はもちろんわからない。
起きたら、ぐっしょり濡れた布団とパジャマにうなだれるだけだった。
体が大きくなると尿の量も増えるので、
2枚に重ねて敷いた布団の
一番下を通り過ぎ、畳まで浸透することもあった。
ゲゲゲの鬼太郎の家みたいな我が家の
当時の物干し場に、濡れた布団を干しに上るのは
母にとって相当な重労働であったろうと思われる。
今なら育児や介護用品等、色々あるが、
当時おねしょパットなるものはなく
遠足に行った時尻に敷いてお弁当を食べるのに使う
レジャーシートのようなものを
シーツの下に敷いて毎晩寝るのが常だった。
なるべく布団を濡らさないようするためだ。
ゴワゴワとやかましい音をたてるそれは
うるさいというより、私に
「やい。お前はねしょんべんたれだ。」と言い聞かせているようで
そうとうな劣等感だった。
当時淡い恋心を抱いていた年上のいとこに
そのビニールを見られたときは、恥ずかしいというより
「もう私はお嫁にいけない・・・・。」くらいな絶望感を感じた。
長くなりそうなので明日に・・・ーつづくー

この記事へのコメント