赤城のアン 想像力なら本家アンに負けない

ホームシックは現地に渡ってすぐに訪れるものではない。
私のように18歳の時に、
のこのこと田舎から上京し
浮き草のごとく4畳半一間。濁った小沼を連想する
古アパートから出発し
東京の最北の埼玉との境界線上に,一軒家を10分の1名義分購入し、
自分なりに浮き草は浮き草でもハスの葉っぱぐらいには
なったつもりになったこのごろにも
それは訪れるのだ。
なんか故郷が恋しい。

 そう。ハスの根っこは穴のあいたレンコン。
泥からぐいっと掘り出される。
やっぱりその土地にはずっしりと根付くことなどできないのだ。
最もハスの花のように美しい花を咲かせられたとも思えないが。


 夕暮れ時、西の空を見上げれば
家々の屋根が連なり逆光で山の稜線のように見える。
私の生家からは赤城山ら上州の山々が一望できる。
子どものころにはあたり前のその光景。
今の時期は空っ風が身を切るような冷たさにになり
ふき付ける。

 この空っ風に負けぬよう上州女は大きな声を出し働くのだから
強くなるのだと母にいわれた。

 もう東京に住んだ時間の方がずっと長く
温暖な太平洋側で(そのせいにしては暖流にもうしわけない)
大して強くもなれずに
人生後半戦に来てしまった。

 最近、今住んでいる家と子どもが通う学校との間に小さな中古の家が
売り出された。なんと990万円。
値段から想像できる古さと狭さだ。
けれど、リフォームもされ日当たりも申し分ない。

 「ああ。ここに母を呼び寄せられたら。孫と余生を楽しめるのに。」
  甲斐性のない娘はその家の前を通るたびに
 まだ売れていないことに安堵し、ガランとした家は質素な家具でうまり母が
お湯を沸かし陽だまりの中、お茶を飲みながら笑って孫を見ていることを想像する。

 自分が故郷で子どもをしていたころ、学校帰りはいつも
祖母の家に寄り道をした。TVを好きなだけみてラーメンを作ってもらい
アイスやジュースを飲んだ。

 初めてキスをした時も、失恋して道を泣いて走って帰るときも
家には直行できず
祖母の家のトイレでひと呼吸し又ひと泣きして帰った。

 恋愛なんてしたことあるのかな?という祖母をみていると
まさか私がキスしたり彼氏がいたりすることなんて
思いもよらないだろうなと落ち着いた気分になった。

 思春期はおばあちゃんから離れていく時期だが
私にはホットできる場だった。

 そんな場をただわが子にもあったらなと身勝手におもうだけなのだが。

 


 

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この記事へのコメント

2011年12月31日 20:58
想像するってことは未来予想図を描くことですよね? 郷愁は現実や未来の糧となり頑張れたりします。(なんのこっちゃ?ズレてたらスルーして)苦笑;
良い年をお迎え下さい。
2012年01月04日 21:58
e自由人様
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。