もしもトラッカーが塩味のないラーメンを食べたら
「どかんかいー!!ワレ!!!」
車が2台ほど向かい合いもたついている。
後ろには某スーパーに納品をすましたトラックが
鼻先からイライラ感あらわに待っている。
それでもラチがあかない前方の2台にむかって、
トラック運転手が一言発したのが先のセリフ。
トラッカーのこのひとことで、グズグズモードから迅速モードに
切り替わり車は流れて行った。
なんでも言えばいいってもんではない。
でも、その一言をいったからこそ事が流れはじめることもある。
いいほうにも悪いほうにも。
だから言葉は重要なのだ。
私はあんかけのラーメンが好きである。
魚貝やら豚肉のうまみを凝縮し、適度の塩味をきかせ、
かたくりでその味を逃すことなく封じこめ、
熱々をふうふう言いながら食べる。
家でも手前みそならず手前あんかけをよくつくるので
その塩味加減には結構自信があるのだ。
だから一口食べただけでそこに塩がないことはわかった。
帰省先で家族でよくいくその中華料理店は
私もお気に入りだ。
調理場からは中国語で話す威勢の良い声がひびく。
ウェイトレスさんもたぶん日本の方ではない。
卒なくに接客をこなし、その日本語の上手さにおどろかされる。
でも今回私らのテーブルを担当したのは
明らかに日本の青年。
しかも好青年という言葉ぴったりの氷川きよしばりである。
ますますこの店に好感を抱く44歳の私。
氷川きよしの前では例え、塩味がなかろうと
あんかけのうまみだけでも堪能してラーメンを食べ終える。
小心モノで問題をひとり抱え込みがちの私は
ラーメンを黙って食べ進める。
もしや、正月の塩味の濃い食べ物を
食べすぎたせいで味覚も飽和状態で
塩味センサーがぶっ壊れたのかもしれない。
聞かれもしなのに自分の落ち度を勝手に
創作しはじめるくらいに氷川きよしは好青年なのだ。
しかし、あんかけの中の具も大方食べ終え、
いざその下にあるメンの部分とその汁に至った時。
なんだか「お湯めん」を食べている自分が急に滑稽に思えてきた。
もしやラーメンの汁くらい塩味があるだろうという
はかない希望もうちくだかれたのだ。
「ちょっとこのラーメンの汁すすってみて。」
れんげを夫の鼻先に持っていく。
「塩味ないよね?」
最初のお毒見役はやはり、
単身赴任暦8年になろうとする夫である。
次に歯に衣着せないというより、言葉の8割8分8厘は毒舌の
我が実父が試す。
「ん~っ!!まじい!!(まずい)。
おめえ何頼んで食ってんだ。
まじい。まじい」
御歳82歳の言葉は率直である。
私のセンサーは健在だということを確認した後
氷川君に話しかける。
最上級と思える微笑を顔にはりつけながら
味についての真実を述べる。
すると氷川君はどうしたか?
なんとそこに置いてある未使用のレンゲで
「ちょっと失礼」の言葉の後
サッと私のラーメンどんぶりにくぐらせ
口にしたではないか。
「ああ。すみません」とサッとどんぶりを下げ
厨房の方に運び速やかに戻ると
「もうひとつ新しいのすぐに作ります。申し訳ありませんでした」
(いやはや・・・あんかけラーメンもうひとつなんて・・
これ以上わたしを
太らせて豚にする気ね。中華食材にするのね。
金華ハムなのね。いいわ。あなたのためなら
快く金華ハム子でも北京ダッコにも・・・)
なんて気持ちで私も彼も申し出を断わる術をしらなかった。
でも、いくら大食気味の私でも2杯めは家族に助けて
もらいながらも半分は残してしまった。
いくらそういう経緯があったにせよ
食べ物を残すということは、後ろめたい気分だ。
氷川君は終始さわやかなふるまい、
申し訳ない謝意もあらわし、最後には
あんかけラーメン代もとってくれなかった。
(注:決して筆者の当初から意図したものではない。)
あなたならどうする?
ちなみに同じくテーブルを囲んでいた兄は
塩野菜ラーメンを全部食べ終えた後
「そういえば俺のも塩味なかったかも・・・」と
ボソリとつぶやいた。
もしかしたら、そういう味と思って食べ進めてしまうかな・・・と
我が夫。
もしも文頭のトラッカーが塩味のないラーメンを食べたら・・・
あの人だったら・・この人の場合・・・。
世の中クレーマーが流行らしいが
クレームいうのも結構気をつかう。
車が2台ほど向かい合いもたついている。
後ろには某スーパーに納品をすましたトラックが
鼻先からイライラ感あらわに待っている。
それでもラチがあかない前方の2台にむかって、
トラック運転手が一言発したのが先のセリフ。
トラッカーのこのひとことで、グズグズモードから迅速モードに
切り替わり車は流れて行った。
なんでも言えばいいってもんではない。
でも、その一言をいったからこそ事が流れはじめることもある。
いいほうにも悪いほうにも。
だから言葉は重要なのだ。
私はあんかけのラーメンが好きである。
魚貝やら豚肉のうまみを凝縮し、適度の塩味をきかせ、
かたくりでその味を逃すことなく封じこめ、
熱々をふうふう言いながら食べる。
家でも手前みそならず手前あんかけをよくつくるので
その塩味加減には結構自信があるのだ。
だから一口食べただけでそこに塩がないことはわかった。
帰省先で家族でよくいくその中華料理店は
私もお気に入りだ。
調理場からは中国語で話す威勢の良い声がひびく。
ウェイトレスさんもたぶん日本の方ではない。
卒なくに接客をこなし、その日本語の上手さにおどろかされる。
でも今回私らのテーブルを担当したのは
明らかに日本の青年。
しかも好青年という言葉ぴったりの氷川きよしばりである。
ますますこの店に好感を抱く44歳の私。
氷川きよしの前では例え、塩味がなかろうと
あんかけのうまみだけでも堪能してラーメンを食べ終える。
小心モノで問題をひとり抱え込みがちの私は
ラーメンを黙って食べ進める。
もしや、正月の塩味の濃い食べ物を
食べすぎたせいで味覚も飽和状態で
塩味センサーがぶっ壊れたのかもしれない。
聞かれもしなのに自分の落ち度を勝手に
創作しはじめるくらいに氷川きよしは好青年なのだ。
しかし、あんかけの中の具も大方食べ終え、
いざその下にあるメンの部分とその汁に至った時。
なんだか「お湯めん」を食べている自分が急に滑稽に思えてきた。
もしやラーメンの汁くらい塩味があるだろうという
はかない希望もうちくだかれたのだ。
「ちょっとこのラーメンの汁すすってみて。」
れんげを夫の鼻先に持っていく。
「塩味ないよね?」
最初のお毒見役はやはり、
単身赴任暦8年になろうとする夫である。
次に歯に衣着せないというより、言葉の8割8分8厘は毒舌の
我が実父が試す。
「ん~っ!!まじい!!(まずい)。
おめえ何頼んで食ってんだ。
まじい。まじい」
御歳82歳の言葉は率直である。
私のセンサーは健在だということを確認した後
氷川君に話しかける。
最上級と思える微笑を顔にはりつけながら
味についての真実を述べる。
すると氷川君はどうしたか?
なんとそこに置いてある未使用のレンゲで
「ちょっと失礼」の言葉の後
サッと私のラーメンどんぶりにくぐらせ
口にしたではないか。
「ああ。すみません」とサッとどんぶりを下げ
厨房の方に運び速やかに戻ると
「もうひとつ新しいのすぐに作ります。申し訳ありませんでした」
(いやはや・・・あんかけラーメンもうひとつなんて・・
これ以上わたしを
太らせて豚にする気ね。中華食材にするのね。
金華ハムなのね。いいわ。あなたのためなら
快く金華ハム子でも北京ダッコにも・・・)
なんて気持ちで私も彼も申し出を断わる術をしらなかった。
でも、いくら大食気味の私でも2杯めは家族に助けて
もらいながらも半分は残してしまった。
いくらそういう経緯があったにせよ
食べ物を残すということは、後ろめたい気分だ。
氷川君は終始さわやかなふるまい、
申し訳ない謝意もあらわし、最後には
あんかけラーメン代もとってくれなかった。
(注:決して筆者の当初から意図したものではない。)
あなたならどうする?
ちなみに同じくテーブルを囲んでいた兄は
塩野菜ラーメンを全部食べ終えた後
「そういえば俺のも塩味なかったかも・・・」と
ボソリとつぶやいた。
もしかしたら、そういう味と思って食べ進めてしまうかな・・・と
我が夫。
もしも文頭のトラッカーが塩味のないラーメンを食べたら・・・
あの人だったら・・この人の場合・・・。
世の中クレーマーが流行らしいが
クレームいうのも結構気をつかう。
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